今回はSDGs2つ目の飢餓と持続可能な農業の問題について読んでみました。この項目には達成基準(ターゲット)が8個、指標(インディケーター)が14個ありました。
ここでは、僕が思ったこと考えた事を書いているので、正確な情報を得たい方は国連ホームページを参照する事をオススメします。
僕が飢餓をイメージすると思い浮かぶことは腹ペコか死ぬかくらいなもんです。日本で生きていても「お腹空いて死にそう!」なんて言う事はありますが。それは、朝から何も食べてなくて空腹感が強いだけで100%死ぬことは無いですよね。
生まれてこの方、空腹で死を感じたことはありません。なので、自分の生活から飢餓を感覚的に理解する事はほぼ不可能に近いと思います。
しかし、飢餓の問題に直面している国々では、空腹が即、死に繋がる事になります。又は死に直結する問題を引き起こします。そして、飢餓は前回の貧困問題とも密接に関係し複雑に絡み合っています。
それでは、どのような問題が起こるのでしょうか?
ほかの問題にも今日がある方はこちらから
生存するための栄養

現代の僕たちにとって栄養や食事とは生死に直結と言うよりは健康である事を前提として、いかに病気をせず長く生きて人生を楽しか的なものと、いいものを食べてキレイにカッコよく生きよう!のようなファッション的な側面を持っていると思います。
オーガニック、ヴィーガン食に関わらず、デカ盛りや激辛、インスタ映えするデザートなど生存の為の栄養摂取をとうに超えて多様な方法で人達が栄養の取り入れ方を工夫し楽しんでいます。皮肉ではなく、これはとても幸せな事だと考えています。
しかしながら、一方では最低限の健康を保つのにも苦しんでいる人達がいるというのが現実としてありますね。
お母さんの栄養不足
栄養が不足しているから子供を作るのをやめよう!と人間の心理は働かないようです。貧困国の多くでは教育制度が整備されていないので、もちろん性教育に対する知識も持ち合わせていない場合が多いです。いわゆる望まない妊娠も非常に多いようです。
子供を生まない選択というのは、将来に漠然とした2000万円問題のような不安があったり、自分の自由や時間の欲しいなどの先進国特有のものに思えます。
話を戻します。母体に栄養が足りないと、胎児に悪影響がある事は想像できますよね。もちろん、お腹の中で死んでしまうという事もあると思います。運よく生きて生まれてくれたとしても赤ちゃんはやせ細って脆弱な状態だと思います。
これは大変という事で、大事な赤ちゃんに栄養を与えなくてはいけないのですが母乳が出ません。もし母親に家族がいたとしたら、その家族は必至に栄養のある食べ物を集め、時には自分の食べる量も減らし与えるでしょう。それでも母乳がしっかり出る保証は無さそうです。
子供の発育
授乳期を乗り切ります。しかし栄養状態は一向によくなりません。5歳くらいまでに亡くなってしまう子たちは多いようです。本当に運よく生きれたとしても四肢は細く、胴体にはあばら骨が見えており、頭だけが大きく目立つ状態です。
この様な状態であると免疫力も間違いなく低いので病気になる確率は高いでしょう。しかも、医者にかかれない。身体だけでは無くて脳の発育に大きな影響があると考えられます。仮に学校があったとしても通えるでしょううか寝たきりの状態でなく何とか学校にたどり着けたとしましょう。
算数の分数計算は理解できるでしょうか。本は読めるのでしょうか。社会や政治の仕組みを理解できるでしょうか?僕は「死ぬほどお腹が減って」少し疲れただけでも何もやる気が起きなくなってしまいます。
飢餓は死因の第一位
世界の死亡原因1位は飢餓だそうです。もちろん病気で死ぬ場合も多いでしょう。栄養が不足して極度に弱った状態でいると、人間は風邪や下痢をしただけでも死に至るそうです。脳に障害が残ったり、失明してしまう事もあるようです。
僕たちにとって風邪や下痢は、病院に行くか、病院に行く時間が無いから、ドラッグストアで薬を買うくらいのものですよね。今日は大事な仕事があるから少し熱はあるけど頑張っちゃうなんて事もありますよね。
農業問題のあれこれ

世界的に貧困層にいる人達が農業に従事する割合が高いようです。食べる物がないなら農業で作ってしまえ!となりそうですよね。
お米や小麦粉のような穀物を育てたり、野菜や果物を栽培したり、、、はたして簡単な事なのでしょうか。
農作をするにも情報が必要
アメリカのDoleのような大企業が最新の科学技術を駆使して徹底的に管理、運用するような農業は大丈夫でしょう。
しかし貧困層のほとんどの人達は小規模に農業を営むはずです。
質問なんです。今から小麦を栽培して下さいと言われて、パッと始められる人はどのくらいいるでしょうか?殆どの人が出来ないと思います。
Googleで「農業 始め方」か、YouTubeみるか図書館に行くかAmazonで本をポチりますよね。または諦めて家でNetflixですよね。それが、貧困国では全て無理なのです。
僕も、もちろん未経験ですが灌漑や土を均したり、苗を一定間隔で植えたり。天候なんかも読まないといけませんよね。
元手がない
仮に運良くおばあちゃんから農業の秘訣を教えて貰ったとします。でも、方法だけ知っていても何も生産出来ません。
そう。種が必要です。種は空から降ってきますか?いいえ。お金で買うのです。そのお金は、いったいどう稼げば良いのでしょうか。
千載一遇の機械に見舞われて、種をゲットしたとします。その年、数年に一度やって来る大雨が来たとしましょう。畑は流され、一瞬にして全てを失う事になります。
最後に
よく日本でも飯が食えなかったと言う話を聞きます。例えば「今日はカップ麺で我慢するか」とか食パンの耳を安く貰ってくるとか、、
それでも生存は確保されています。それと引き換え貧困国の飢餓問題というのはダイレクトに死に直結します。
奇跡的に命を授かっても胎児の時点から栄養状態がよくない。生まれてきても、まともに発育出来ません。スタートから無理ゲー感があります。
これって、不公平の極みでは無いでしょうか。生まれた後はひたすら不平等に晒されます。
何かもう、人生の意味は?とかbe your selfあなたのままでいいじゃないとか、早いうちにFIREして楽しく暮らそうぜ!みたいな物とは別世界です。
一方で、貧困国には多額を支援がされているのも確かだと思います。この支援が困窮者たちに届かない現状があるようです。
支援で至福を肥やそうとしてる人は、何も上流階級の人たちだけでは無いようです。
村の中にも中抜きをする人はいます。しかし、彼らも裕福な訳では、ありません。
いま僕は、マクドナルドでサムライマックのLLセットをむさぼりながら、無料Wi-Fiにスマホを繋いでブログを書いています。
そして、この余分に摂取した栄養を明日ジムで消費しようとしています。自分も飢餓問題の不公平や不平等の小さなよ要因なのかな〜とボヤキながら終わります。




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