子供のような集中力をどう手に入れるのか

オッパの雑念

誰でも人生に一度くらいは、何をやっても三日坊主で終わっちゃうな~とかもう少しだけ集中力があれば自分だっていろんな事が出来るのにと思うことがあるんじゃないでしょうか。出来れば物事を根気よく続けたり、全てを忘れて没頭できるドラマの主人公が持ってるような集中力が欲しいですよね。



そこで集中力とは何かを少し考えてどうすれば何かの成功に必要そうな集中力が手に入るのかを探っていきましょう。

良い集中力と悪い集中力

集中力について調べていた時にわかった事があります。それは一般的にいい集中力と悪い集中力がある事です。悪い集中力なんてあるのかな?と思ったのですが、どうやらあるみたいで、人によっては深刻な問題のようです。ここでは過集中フローについてみてみましょう。


集中しすぎて社会生活に支障をきたす過集中

集中しすぎて周囲の状況が見えも聞こえもしなくなる状態のようです。例ば子供がゲームに夢中になっている時、お母さんが「タカシご飯出来たからゲームやめなさい」と言うとタカシ君が「わかった。あと五分だけ!」みたいなやり取りの後に全然やめなくて怒られるみたいなことがあると思うのですが、お母さんの言う事が全く耳に入らなくて返事もしないので強制的にやめさせるまでゲームをやり続けるみたいな状態が過集中状態と言えると思います。

ポジティブな意味での超集中状態フロー

このフローという言葉はブルガリア出身のアメリカ人心理学者のミハイ・チクセントミハイというおじさんが言い始めたそうです。ミハイとミハイでチクセントがオセロされてます。



この状態に入ると感覚が、その時やっている事と一体化するくらい猛烈に没頭するそうです。マリオブラザーズで例えるとスターを取って無敵状態なのにテンテンテンテ・テンテンテテンテ♪の音楽が流れずに妙に静かで落ち着いてる状態でしょうか。



他にもミハイおじさんはフローには高度な集中力の他に、時間が歪んだり、状況や活動を自分でコントロールしてるような感覚になると言っています。この状態では活動が苦にならなく経験者たちが自分たちを運んでいる流れという表現を使うのでフロー(flow)と名付けられたそうです。



スポーツで例えるとゾーン、日本語で聞きなれた言葉だと無我の境地などがあげれます。実は2500年以上前から仏教や道教などの、いわゆる東洋の修行僧的な人達は禅などを通じてフローのような状態を先に習得するための努力をしていたようです。



東洋の昔の精神修行をしていた人たちは感覚的な科学とはかけ離れた方法で、この状態を習得して西洋の心理学者たちは科学の厳密さや実験や検証を通してフローというものを研究して発展させてきたんじゃないでしょうか。



僕が注目しているのが、フロー状態に入ると幸福を感じるという事です。フロー状態に入るにはトレーニングが必要なようです。それについては今度、書くことにします。



フロー状態まではいかなくても集中力を高める方法はあると考えています。みなさんもゲーム中や何かの作業につい夢中になって時間を忘れるなんて経験はあるんじゃないでしょうか?



その状態を自分でコントロールして作り出すことは難しいと思うのですが東洋の修行僧たちが実践してきた瞑想などの方法を試すことで高度な集中力をゲットする事が出来るかもしれません。

高い集中力の手に入れ方

集中力を高める方法は科学的なり自己流なり無数に転がっています。その中でも僕が実践してよかった物をサクッと紹介します。

瞑想のコスパは最強

ちげちゃん(奥さん)とぼくは朝起きてから20分の瞑想をしています。3年間ほぼ毎朝続けています。


色々調べて始めたと言うよりも、とりあえず始めてみよう的な感じでスタートしました。


1日5分から初めて1ヶ月に1分ずつ増やしていくみたいな感じで、現在では20分余裕で瞑想していられるようになりました。


瞑想には脳の前頭葉(司令塔と呼ばれている)を大きくする効果があるようです。この部分で人間の集中力や欲望をコントロールしたりします。


さらに扁桃体という恐怖や不安を感じたときに反応する器官が、瞑想を続けることによって小さくなった結果、そういったネガティブな感情が抑えられる事がわかりました。


実感として、ちげちゃんはやたらと不安を感じることが少なくなったし、僕は何かと過度に緊張状態になる事が少なくなった気がします。何かと夜中に頭が興奮状態になる事が多く、次の日に朝から予定があっても朝5,6時まで起きているなどがしょっちゅうありました。


結果的に瞑想すると瞑想自体が継続しやすくなりました。僕たち夫婦に共通して言える事でピリピリする事が少なくなったので、やろうと決めた事がスムーズに出来るようになりました。


心が穏やかな方がやろうとしてる事に集中出来て結果的に色々いい方向に進みますよね。逆に精神的に不安定な状態が続くと何も手に付かないみたいな状態になると思います。


瞑想はかなりおすすめです。お金もかかりません。ぼくとちげちゃんはYouTubeやSpotifyで音楽を流すかNetflixのヘッドスペースと言うプログラムを流しながら、いつも瞑想をしています。


瞑想によって心の平安を保つ事によって集中力UP出来る事を知ったとので、瞑想はこれからも続けていこうと思ってます。


運動のおすすめ度は瞑想に匹敵する

夫婦でジムに通い始めて4年くらいになると思います。だいたい週5は通っていた全身隈なく鍛えています。

週5のペースで運動をしていて、まず感じるのが肩こりの様な体のコリと言うものが皆無になりました。長らくコリを感じていません。


それは間違いなく運動による血行の改善がもたらす効果だと思います。身体と同じように血液が流れる脳に運動が悪いわけがありません。


運動後の数時間はチャンスだと思っています。気分も高揚していますし集中力も普段とは違います。僕たちはこの時間を利用してラジオを投稿したり勉強をしたりしています。


瞑想によって自分をコントロールして習慣化させる能力を手に入れる。そして運動によって全身に血液を巡らせて集中力が最高潮になった所で勉強や好きな事をする。これが今の僕のルーティーンです。


嫌な事とかやらなきゃいけない事をやるのではなくて、自分の好きな事をやる様にしてます。好きな事を高い集中力で余計な事を気にせず出来る事が僕にとって中々しあわせな事なのです。

恥をさらけ出す

ある実験で1つのグループには恥ずかしい思いをした経験を、もう一つのグループには自慢話を話させだそうです。


その後に「クリップの新しい使い方」について話合わせたとありました。その結果、恥ずかしい話をしたグループのアイデア量と柔軟性ともに、もう一つのグループを上回ったそうなのです。


この結果から、恥をかきたくないという抑制をさっさと取っ払った方が物事の型に囚われずにアイデアを出し合えるんじゃないかと言うことがわかります。


この実験ではアイデアの量や柔軟性が問われていましたが、僕はこの羞恥という抑制を取り払うことが集中力を高める事に繋がるんじゃないかと考えています。


要するに自ら進んで恥ずかしい部分をさらけ出すと、恥をかかないようにと慎重になっていた抑制を取り払って気持ちよく思考出来る様です。それは没頭出来ると言うことにも繋がります。


この抑制が利かないのが子供だと思っています。あの過集中ぎみの集中力や、何言ってんだかわからない思考の柔軟性は恥じらいの心が大人に比べて圧倒的に低いと言うのが関係していると思っています。


集中力について思う事

最後に個人的な意見多めで終わりたいと思います。

ほどよい目標を設定すると集中しやすい

よく難しすぎず、簡単すぎない目標を立てると良いと勉強でもスポーツでも聞きませんか?なんとなく「ほ~~」とは思うのですが、いまいちしっくり来ないので少し考えてみました。



難しすぎる=出来ないという事だとします。例えば職場の上司から、外資系企業の役員と会って資料を作って直接交渉をして契約をまとめて来い!と言われたとします。しかも相手は英語しか喋れず自分は全く英語が喋れなかったとします。さらに、期日は明日まで・・・もちろん「無理無理無理無理!!」となりますね。その日は不安で眠れないと思います。



逆に簡単すぎるというのは、出来るけどやってられない又は退屈が付きまといますね。単純作業に退屈さを感じる人は沢山いると思います。



それなら、難しすぎず簡単すぎない程よさとはどこにあるのでしょうか?これは主観なので自分で試しながら探すしかないと思っています。また、程よい場所というのは成長と共に変わってしまいます。結局は継続性とか習慣化という言葉が大事になってくると思います。

好きな事なら没頭できるのか?

付き合ってる彼女が「私の事どのくらい好き~?」と聞いて来て腕を大きく回しながら「こ~のぐらい!」のこのぐらいって、どのぐらいなんだろうと考える事があります。



「りんごとみかんどっち好き?」だと比較するので答えやすいです。でも、比較対象がないと僕は好きを量で測るのは難しいと思っています。もちろん、チゲちゃん(奥さん)は世界で一番好きです・・・
それと同じように自分の好きな事も定量化するのは難しいように思えるのです。



たまに、好きはものの上手なれに違和感を覚える時があります。もちろん好きな事に猛烈に打ち込んでいる人がいる事はわかります。しかし、自分の好きな事がよくわからない人が多い気がします。一生もてない人がいてもいいとも思います。仮に好きな事を作りたいのであれば個人的には自分の中にあるものを、ひたすらに比較していって勝ち上がったものを自分の好きな事にしてあげればいいんじゃないかなと思います。

集中力を失うのは大人になる代償

子供の狂ったような集中力を目の当たりにしたことがある人は少なくないと思います。



何かに打ち込んでいる時の、彼ら、彼女らを見ていると不安や退屈の感情なんて無いように見えてしまいます。それこそ、全く周りが見えていないような感じです。目がキラッキラしていて一言で楽しそうです。恥じらいだってありません。間違いなく程よい目標なんて考えていません。



子供たちが中学に入りきちんと席に座り、しっかり手を挙げて発言をするという事を身に着けて行くうちに授業中には退屈の表情がみえたり先生に怒られている時には不安な表情を浮かべ、怒られまいと必死に恥をかかない事を学ぼうとします。



そんな光景をみながら、大人になるという事は集中力を捨てて恥をかかない方法を身に着ける事なのかと考えてしまいます。多少周りとは馴染めずとも子供のような精神を持っているのと、上手く周りと調和のとれる大人になるのと、どっちが幸せなのかな~とボヤキながら終わります。

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